[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。
わたしは、あの女の兄を好きであることは間違いない。
その気持ちを認めた瞬間、わたしはわたしの嫌なところが目に付くようになった。
痛い言動、黒一色の服装、貧相な躰つき、ゲーム好きを超えたゲーム中毒者。
それこそ、目に付くものは恋愛の妨げになるものばかり。
わたしがこんなに自分を責めることは珍しい。けれど、責めたくもなる。わたしが好きでやっていたことだったり、どうすることもできないことが、わたしを苦しめるのだから。
彼の前では抑えているつもりなのだけれど、それが不自然でいて、それがまた嫌。我慢してどうにかなることでもない。だからわたしは、いつもどおりに変わらず過ごしている。
そう、わたし「黒猫」こと五更瑠璃は友人である高坂桐乃の兄にして、同じ高校に通う先輩である京……彼に恋をして、そのせいで目に付くようになってしまった自分自身のコンプレックスに悩んでいる。
世の中には、わたしが抱えているコンプレックスでも「それがいい」とか「ステータス」とか言う輩がいるみたいだけれど、あの雄はどうもメリハリのついた躰が好きみたい。
さらに言えば、「眼鏡をかけている」というのが必須らしいということ。「眼鏡をかけたまま」とか、どういう思考をしたらそんな検索をかけられるのかしら。本当、あの雄の考えていることが理解できないわ。
っと……いけない、いけない。興奮するとつい、いつもの調子が出てしまうわね。
わたしがどうしてこんなにもコンプレックスに悩んでいるのか。それは、明後日の土曜日に彼の家にお呼ばれされたから。妹のほうではなく、直接本人からである。
突然の誘いに驚いたのは確かだけれど、さらに驚かされたのは時間が夜であることと、その日は誰もいないということ。何でも、あの女が両親にいろいろと心配をかけたお詫びにということで、小旅行に出かけると言っていたわ。
そ、そんなことを急に言うものだから、わたしだって……その、いろいろと考えてしまうわけでしょう。高校生になったのだし、一緒にいる時間が増えたのだし。け、決していやらしいことは考えていないのよ!
……何をうろたえているのかしら、わたし。普段どおりに振る舞えば良いだけじゃないの。あの雄に限ってそんな度胸があるとも思えないし。そう。どうせ、退屈だから呼んだというところでしょう。ベルフェゴールにも断られて寂しい、とか。そんな様子を嘲笑ってあげることにしようかしらね。
うん。楽しくなってきたじゃない。明後日が楽しみだわ。
部活にも顔を出さなかった彼は、いったい何をしていたのかしら。聞いても教えてくれないし、何かを企んでいるのか。不安に思っている半分、期待しているわたしがいる。恋というものは、こうも人を変えてしまうものなのかしらね。
わたしは、学校から戻りお風呂で躰を清めて身支度をする。
いつもの黒々とした服装ではなく、前に大きいほうの友人に選んでもらった可愛らしい限りの服を着ることにした。少しでも、彼の目に可愛らしく映りたいから。
準備を終えて彼の家に向かう。少しずつ、少しずつ。心の鼓動が高鳴っていくのを感じながら向かった。そして、彼の家に到着すると、わたしのドキドキが最高潮になる。まるで、盛りのついた雌猫のよう。
彼の部屋だけ明かりがついている。こんなの、意識しないほうが無理というものだわ。
わたしは深呼吸をして高鳴る気持ちを落ち着かせて、呼び鈴を鳴らした。
しばらくして、階段を降りてくる音が聞こえた。
「おう、早かったな」
少し顔の赤い先輩。彼も緊張しているのかしら。
「そんなこと、ないわよ」
「まぁあがれよ」
わたしは靴をきちんとそろえて、彼の家へと入る。階段を登りきったところにある彼の部屋は、とても綺麗に片付けられていた。
「ずいぶんと、綺麗になっているのね」
「そうか? まぁ、今日は誰もいなかったし、暇だったから掃除しただけだけど」
「そう。……適当に座らせてもらうわよ」
わたしはぶっきらぼうに答えて、いつものベッドに座る。
緊張しすぎて会話が続かない。さっさと本題を切り出そう。
「それで? わたしに何か用事でもあったのかしら」
「まぁな。……っても、用事ってほどじゃないんだけど」
すごく、くだならいことのような気がする。彼の「用事ってほどじゃない」という感じは、くだらないことばかりだったし。わたしを苛つかせないものだといいのだけれど。
「その……なんだ。桐乃がいなかったときみたいに、……俺と2人でいたときみたいにさ。ちょっと話でもどうかなって思っただけなんだよ」
「なっ!?」
何を言い出したかと思ったら! それって……それってつまり。
「先輩は……わたしと一緒に……いたいってことかしら」
「……そうだよ。悪りぃかよ」
「いえ……別に悪くはないのだけれど」
悪くはないけれど、彼はこの状況を分かっているのかしら。それとも、何も考えていないのかしら。……後者のほうが、可能性としては高そうね。
「だから、明確な用事ってないんだよな。呼んどいてアレだけど」
「別に、構わないわ」
そして、わたしと彼の間には微妙な空気が流れた。会話もなくなって、たまに合う視線が照れくさい。……まったく、こういうときはちゃんとリードしなさいよ。
「あのさ」
「何かしら……って、ちょっと!?」
彼はわたしの隣にドサッと腰を下ろす。それも、今までにないほど近い距離に。今日は暖かくて上着を脱いで、ノースリーブで来てしまったから……振り向いたら、直接肩がぶつかってしまいそう。
「悪りぃ。……っていうかさ、お前。最近、元気ないじゃん。俺の気のせいかもしれないが、何かあったか?」
それは、わたしがコンプレックスで悩んでいたことが彼の目に映っていたのかしら。
「別にないわね。……ただ、聞きたいことがあるわ。あなたに」
「へぇ、何だよ。言ってみろよ」
「その……やっぱり、先輩は例の雑誌のような女が好みなのかしら」
「な、何言ってんだ! おまえ」
わたしは彼がベッドの下に隠している(バレバレだけど)エロ本のことを暴露して、聞いてみた。突然のことに彼は顔を真っ赤にして驚いている。
それにしても、動揺しすぎだと思う。まぁ、聞くほうもちょっとおかしいとは思うけれど。
「いいから、答えて頂戴」
「そりゃまあ……どちらかと言えば、好き、じゃないかな」
「……そうよね」
自分の躰を見て、落ち込む。急にそんな風にならないにしても、希望すら持てないこの躰が……恨めしいわ。
「もしかして……その、自分の体のことで悩んでんの?」
「それだけじゃない、けど」
わたしの気持ちは、伝わってないようね。こんなことを聞いたら分かりそうなものなのに。それはそれでまた、悲しいわね。
そして、少しの間をおいて、彼はため息をついた。
「別に気にしなくていいんじゃねーのか」
「え?」
彼はもしかして、そういう需要もあるとか……そういうことを言うつもりなのかしら。そうしたら、幻滅である。しかし。
「そんなの、どうにかなるもんじゃないし。それに、俺は嫌いじゃないぜ……その、お前の体」
「な……何を言っているか分かっているの!!!! あなた!!!!!!」
この変態! と言い放って、近くにあった枕を抱きしめて身を丸くする。
「ちょっと待てって! お前が聞いてきたことだろーが!」
「そうだけれど。真顔で『嫌いじゃないぜ』とか言わないで頂戴!」
「たしかに言い方が悪かったかもしんねぇけど、誤解すんなって」
誤解というのは、いまさらだけど分かるわよ。貴方はそんなこと冗談で言うような人ではないもの。いまのは照れ隠し。……正直なところ、わたしは喜んでいるし、嬉しいのだ。
気持ちが高まりすぎて、わたしがわたしじゃないよう。困り果てている彼の顔を見ていられない。
どうやったら収まるのかしら、この感情は。どうしたら……どうしたら。
そんなふうに考えがまとまらないのに、わたしはあり得ない台詞を発していた。
「ねぇ、せんぱい。お願いがあるのだけれど」
「あ、あぁ。今度は変なこと聞くなよ」
「変なことじゃないわ。いますぐ、わたしを抱きしめて頂戴」
「はひぃ!?」
お互いに耳まで赤くして、黙り込んでしまう。
そして、彼が覚悟を決めたのか、わたしに寄り添ってきた。
「軽く、だぞ」
「えぇ」
正面から、ふわりとわたしごと抱きしめる。優しく、優しく。それに合わせるように、わたしも自然と彼を抱きしめ返していた。
腰に手をまわすようにして抱きしめる。彼の胸元にわたしの顔が埋まる形だ。
ものすごい鼓動が聞こえるように、彼にもわたしの鼓動が響いているのだろうか。本当に恥ずかしいのに、嬉しい。
「……黒猫って、やわらけぇのな」
「何を口走っているのよ……あなた」
「いや、思っていた以上にやわらかいっつーか」
「へんたいね、兄さんは」
「その呼び方、よせって言ったろ」
「ごめんなさい……京介」
「何で名前で呼ぶんだよ……」
「もうひとつ、お願い。……わたしも名前で呼んで頂戴」
「お願いなのに命令すんのかよ、お前は」
「いいから、……おねがい」
抱きしめられている状態で、彼はわたしの耳元で囁く。
「……瑠璃」
「…………」
もう、言葉はいらない。何もいらない。
悩みも、不安も、この時間だけで緩和されていく。暖かく、包まれていく。安心する。
「不思議ね。こうしているだけで、落ち着くわ」
「落ち着いているところ悪いんだけど、そろそろいいか?」
「どうして?」
「その……俺が我慢できそうにない」
「!?」
思わず、バッと離れてしまったことにわたしは咄嗟に弁解する。
「ご、ごめんなさい。わ、悪気があってしたのではないのよ」
「いや、俺のほうこそすまん」
そして、お互いに照れくさくなって、口ごもる。でも、嫌じゃない。さっきとは違って、嬉しい沈黙なのだから。
「嬉しかったわ、きょ……先輩」
「なら……良いんだけど」
そんなこんなで、その後は何もせずにわたしたちの時間は終わりを告げる。何もないところが、わたしたちらしいのかもしれない。
帰り道。火照る躰がわたしの心を温める。
散々悩んでいた自分の嫌なところが、嘘のように考えることがなくなっていた。
しかし、新しく悩みが出てきてしまったのである。それは、彼が気に入る「眼鏡」とはどんなモノなのだろうか。
今度、彼の家に行ったときに下調べする必要がありそうね。